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| 谷口浩美氏プロフィール 1977年と1978年に全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)を連覇した小林高校のメンバーの1人。日体大進学後には箱根駅伝(57回〜59回)で2年次より3年連続6区を走り、当時の区間記録を次々と塗り替え「山下りのスペシャリスト」と呼ばれた。 旭化成に入社後も、1985年別府大分毎日マラソンで初マラソン初優勝を皮切りに、1987年東京国際マラソン優勝、ロンドンマラソン優勝、1988年北京国際マラソンで世界歴代7位(当時)で準優勝、北海道マラソン優勝、1989年東京国際マラソン優勝、北海道マラソン優勝、1990年ロッテルダムマラソン優勝、そして、1991年の世界陸上では、男子マラソンで日本人男子として初の金メダルを獲得するなどの数々の輝かしい成績を残す。 1992年バルセロナ五輪男子マラソンではメダル候補とされていたが、中間点過ぎの給水時に転倒してしまい、さらにシューズが脱げて履き直すアクシデントが影響して、後半追い上げたが8位入賞に留まった。ゴール後のインタビューで、「途中で、こけちゃいました」と苦笑いを浮かべつつも、さわやかにコメントした。 1996年アトランタ五輪で男子マラソンに連続出場を果たし、選手団主将を務めたものの入賞争いには絡めず19位に終わり、惜しくも2大会連続入賞はならなかった。 1997年に現役を引退、旭化成陸上競技部コーチとなり指導者への道を歩む。1999年にヘッドコーチに昇格した後、2001年に沖電気陸上競技部に移り、2002年に監督に就任した。 2008年4月より、東京電力 長距離・駅伝チーム監督に就任。2009年には同チームを全日本実業団対抗駅伝競走大会初出場に導き、2010年9月末をもって、同チームの監督を退任。現在は講演の傍ら、指導などで全国を回っている。 |